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「赤ちゃんの時どうだったでしょう」クイズを毎晩子どもに出してみる

キッチンペーパーのてるてるぼうず


こんにちは。

子どもの寝かしつけ、うちは新生児の時からずーーーーっと苦戦。

思えば3時間とかそれ以上とかかかっていた頃もありました。

5歳になった今は、だいたい15~20分くらいです。

0歳の一番時間がかかっていた時と比べると、ものすごーーーく楽になりました!

子どもの入眠儀式?が今までなかったんです

よく育児書とかには、寝る前~寝かしつけまでをルーティン化すると子どもは眠りにつきやすくなる、とか書いてますよね。

うちも、それやったんです。

できるだけリラックスできるようにって。

絵本読んだりさ。

でも、いざ寝るって時になると、赤ちゃんの頃はとにかく泣きじゃくりました。

はるか

さっきまで泣いてへんかったやーん!!!????

と困り果てたものです。

思えば新生児の時からあんまり寝なかったうちの子ども。

ものすごく怖がりなので、おそらく寝るのも怖かったんだと思います。

 

とまぁこんな感じで、がんばってルーティン化しようにも、最後には近所迷惑なほど大泣きしてリセット、の毎日。

でもね。

成長って尊いね。

あんなに泣いていた坊も、言葉がわかるようになった2歳半頃からだんだんと泣かずに寝られるようになりました。

パスラさん

そして4歳頃からは、どんどん「話を聞く」ことができるようになってきたのです!!

絵本とか読んでも、部屋を暗くすると目がぱっちりになるので、私と夫は早々に「お話」することに決めました。

まずは、坊に坊の保育園のことを聞いたりと会話をし、それから私の作りば話や思い出話。

 

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寝る前に子どもにする作り話と思い出話

作り話と言っても、私なりの解釈のイソップ童話だったりと、既存のものも。

あとは、坊がお題を出し、それで私が即興でお話を作ったり。

はるか

例えば、坊が「ライオンとトラ」と言うと、ライオンとトラの短い話を考えながら話します。これ、けっこう大変。楽しいけど

うちの夫は、お題に応えるのは難しいようですが、彼も即興でお話作って、たまに話してます。

はるか

「ステーキのように厚いブーツの話」とか!

 

思い出話は……

既婚・子持ちの社会人が青年海外協力隊(短期派遣)に応募するまでに準備したこと

3月末まで、私はエジプトにいたので、だいたいは

「エジプトの話聞かせて」

と言ってきます。

この「お願い」も、最初は

「お母さんの国の聞く」

「お母さんの行ってた国の聞かせる」

「お母さんの行ってた国の話聞かせて」

「エジプトの聞かせて」

「エジプトのお話聞かせて」

と、日本語まちがってたんですが、日を重ねるごとに正確な日本語話せるようになってきました。

「聞かせて」って、なかなか難しい日本語ですよねー。

 

だんだんおしゃべりが上手になってきたと言っても、まだまだ知識が足りないので、

「エジプト人女性の多くがどうしてヒジャブをかぶっているか」

とか

「エジプトのファラオの話」

はなかなか難しいんですよね。

なにしろ、寝る前の話なので真っ暗な中。

写真を見せるわけにもいかず……(見せるとなかなか寝ない)

でも、エジプトでラクダに乗った話とか、いつも楽しそうに聞いてます。

 

最近の寝る前のお楽しみは私の子どもの頃の話

エジプトの話もまだまだしますが、最近は私の子どもの頃の話を聞くのが、坊は大好き。

私は途切れ途切れではありますが、2歳から記憶が残っているので、それが助かってます。

私が坊と同じ頃の話を中心にします。

 

昨夜は、幼稚園で初めて「故意に悪い子になった時」のことを話しました。

私の通っていた幼稚園の園庭には船の遊具があったんです。

当時は本物の豪華客船かと思うほどの大きさで、(大人になって見た時はそんなに大きくなかった)

その遊具には舵があったり、中にははしごがあり、滑り台がついていたりしました。

当然、全園児が大好きな遊具。

私の記憶では、その幼稚園はけっこうきっちりしていて、「今は工作の時間」「今はお遊戯の時間」と学校っぽくて、園庭で自由に遊んでいい時間は限られていました。

でも、子どもとしては好きな遊びを好きなだけ遊びたいですよね。

チャイム?が鳴って、園舎に入らなければならないのはわかっていたんですが、ある時私は思ったんです。

はるか

もっと遊びたい。誰にも邪魔されずに

その船の遊具、滑り台とかではいつも順番待ちだったんです。

1回は順番が回ってきても、2回目はその時間中には難しく、それがいやだったんでしょう。

そして、私は悪いことを考えました。

はるか

チャイムが鳴ってみんな建物の中に入ったら私は一人。そしたら一人で思う存分遊べる!ほんとは帰らなきゃならないのは知ってるけど……

それまで、(私の記憶では)私はずっといい子でした。(幼稚園では)

先生の言いつけは守り、お友達には親切にし、保育園のものも大事にしていました。

そんな私が、何を思ったか「決められたことを守らないことを決めた」んです。

チャイムが鳴り、他の子達が一目散に建物に向かって走っていくのを、船の陰からそっと隠れて見ていました。

建物から見えていたら、先生に呼ばれてしまうと思ったからです。

誰もいなくなり、辺りはとても静か。

私は「うまくいった!」と、一人で遊び始めました。

滑り台だって、何回やってもすぐに自分の番。最高!

でも、でも……

だんだんちょっと怖くなってきました。

心のどこかで、すぐに先生が呼びに来てくれると、連れ戻されると思ったんです。

でも、どれだけ滑り台をすべっても誰も来ません。

だからって、建物の中に戻ったら絶対に怒られるのはわかっていましたから、それもなんだかできなくて……。

 

はるか

みんな、私を忘れちゃったのね。先生でさえも

こんなことを思いながら、すっかり滑り台に興味がなくした頃……

園長先生がやってきました。

園長先生は、担任ではないのでたまに御挨拶するだけ。

私は怒られると思って身を小さくしました。

園長先生は、

「どうしたの?」

とやさしく聞いてくれました。

私は正直に、

たくさん遊びたか

はるか

ったんです

と答えました。

園長先生は、「そうだったのね」と私を連れ、一瞬も怒ることもなく笑顔で教室まで送ってくれました。

その時の担任の先生の顔は、あんまり覚えていませんが、怒ってはいませんでした。

「見つかってよかった」とも言われなかったし「どこ行ってたの」とも聞かれず。

いや、聞かれたかもしれませんが記憶にはありません。

とりあえず、誰にも怒られず、教室に戻りました。

 

と、こんな話を昨夜、坊にしたわけです。

私が年中の頃なので、今の坊といっしょ。

すると、ここまで聞いた坊が質問してきたのです。

「教室に戻った時、他のお友達は何してたの?」

はるか

えーっと。何だったかな。工作とか、座ってする何かだったと思うんだけど

私が曖昧な返事をすると、坊は不服なようで、「思い出して」と。

でも、もう25年以上も前のことだし、細かなところまではなかなか……

ってことで、坊にも聞いてみました。

はるか

坊だって、赤ちゃんの頃のこと、全部覚えてないでしょ?

すると、

「覚えてる!」

とな。

じゃあ……

 

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「赤ちゃんの時どうったでしょう?」クイズを寝る前にする

こんな経緯で、このクイズをすることになったわけです。

これが、なかなか楽しいんです。

結果、坊は全然覚えてないことがわかりました(笑)

赤ちゃんの頃は好きだった食べ物が今は嫌いだったりと、けっこうな変化があり、坊は大笑い!

はるか

私も、坊の誕生時の2倍になった体をさすりながら、思い出にひたりました。

自分のことを知るのって楽しいんでしょうね。

いくつクイズを出しても、「もっとやって」と言ってきます。

いつもなら、答えられなかったり負けたりするとへそを曲げちゃうのに、これに関しては正解数が0でも全く気にしない模様(笑)

ちょっとテンション上がりすぎて、寝る前にしないほうがよかったかも……

 

「赤ちゃんの頃どうったでしょう?」クイズの一例

さて、どんなクイズをしたかというと……

  • 「坊が初めて飲んだジュースは何ジュースでしょうか?」
  • 「坊が初めて話した日本語は?」
  • 「坊が初めてお腹に置いたものは?」
  • 「坊が赤ちゃんの頃好きだった野菜は?」
  • 「坊が初めて歌った歌は?」

 

こんな感じ。

野菜とか、今は嫌いなものが多く……(*´▽`*)

過ぎ去ってみるとあっという間でしたが、あの頃は毎日生き抜くのが大変だったな。

とか言いながら一日は「気が付いたら夕方」ってことばっかりだった。

何をするにも手探りで、不安で、殺さないように、怪我させないように、必死だったなぁ。

 

ついつい、「もっと」って思いがちですが、ほんとに健康が一番だわ。

ついつい、自分の枠に子どもを入れこもうと無意識にしてしまうけど、子どもが子ども自身で創り上げる型を見守らなきゃね。

 

トップの写真は、キッチンペーパーで作ったてるてる坊主。

ある日保育園から帰ってきたら、いきなり作りたいと言い出し、いっしょに作りました。

顔が、かわいい(*’ω’*)

 

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