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子どもの英才教育の方法と人の幸せについて

子どもの手


こんにちは。

児童文学作家の嘉成晴香です。

 

女性という「生む」性だからかなのかはわかりませんが、私は子どもの頃から自分の子どもについて時々考えていました。

そして、あるあるだと思うんですが、性別はどっちがいいかなとか、名前を考えたりしたものです。

私はそれに加え、教育方針というか、どうやって育てるかまでなんとなく妄想していました(笑)

はるか

ピークは10歳!

子どもの頃考えていた教育

始めに言いますと、私は自分の親がしてくれた教育が不満だったとか、そういうことではありません(笑)

ただ、友達と比べたり、読んだ本の主人公の環境にあこがれたというか。

10歳の頃の私の愛読書は、

『赤毛のアン』

『大草原の小さな家』

だったので、当然こう思ったのです。

「自然がいっぱいの中で、カントリーな生活がしたい!!!」

和歌山県和歌山市生まれで、常に山が目に入るところに住み、ちょっと自転車こげば海が見えるところに家がありましたが、道路に車ががんがん通るようなところだったため、「カントリー」って感じではなかったのです。

 

私が子どもの頃考えていた「英才教育」とは

私の通っていた公立の小学校は、その頃中学受験をする子はクラス(30人)に2人くらいでした。

私はその子達ががんばる姿……は学校だけではわかりませんでしたが、なんとなく、

「きっといい中学へ行って、いい高校へ行って、いい大学へ行って、良いお仕事をするんだろうな」

と、見てぼんやり思ったものです。

時代もあるでしょうが、私が子どもの頃の「英才教育」って、今よりもずっと「お受験」に結びついていたなぁと。

はるか

今もそうなのかな?

今でも、学校の休み時間も緊張した顔を崩さずいた受験組の友達の顔が忘れられません。

受験って寒い時期だから、よけいにキリっとしていたというか。

ただただ、すごいなとも、世界が違うなとも、思ったなぁ。

 

妊娠中、どんな子に育てようか考えたけれど……

不思議です。

子どもだったはずなのに、時間が経つと私も大人に。

そして結婚し、子どもを授かりました。4年前のことです。

妊娠中、いろいろと考えたものです。

あれもしてあげたい。これもしてあげたい。○○へ連れて行ってあげたい。○○でいっしょに遊びたい。なんてね。

まとめると、2つ。

  • 自分が誰か(主に親)にしてもらって嬉しかったことは全部してあげたい
  • 自分が誰かにされて嫌だったことはしたくない

 

はるか

ま、みんな同じこと考えるでしょうけれど。

そんでもって、陣痛5分置きに来はじめてから28時間後にようやく出産。

翌日に子どもに異常があり、転院して離れ離れになったりし、ほんとに精神的にも体力的にもしんどかったですが、なんとか無事に子育てスタート。

そこで思ったんです。

子育て、なめてた( ;∀;)

いや、大変なのはわかってたはずなんです。

でも、体験しなきゃやっぱりわかんない。

それに、いくら体験できる機会が親になる前からあったとしても、産後の体調不良や情緒不安定、子どもを守らなければならないという責任の重さは感じられるはずはありません。

ということで、妊娠中は数々のことを考えていたわけですが、当面の目標はすぐに決まりました。

「健康・安全、第一!!」

はるか

工事現場の張り紙にありそうな感じですね。

でも、子どもと、できれば自分の健康と安全を確保することが一番。

うちの子、新生児の時からあんまり寝なかったから、ほんと辛かったなぁ。

寝かしつけは、たくさん遊ばせても3時間以上かかったり。

お医者さんが言うには、怖がりさんはそうなる傾向にあるとか何とか。

 

英才教育は子どもの幸せのためにあるかどうか

妊娠中、どう育てようかといろいろ考えたとお話しましたが、結果はと言うと、「健康・安全、第一!」に(笑)

はるか

これには、もう一つ理由があるんです。

私は妊娠中、初めての子どもということもあり、お腹にいながら「一人の人間としての認識が足りなかった」んです。

つまり、子どもには子どもの、当たり前ですが生まれ持った性格があり、意思があるということ。

もちろん、親が方針をもって教育をすることはすばらしいですが、それが全て子どもに適するかというと、別問題。

 

この世界は広いです。

日本ほど情報や文明の利器があふれていなくても、楽しく幸せに暮らしている人はきっと大勢います。

よりかしこく、より強く、より素早く、など、それを伸ばすのがきっと「英才教育」なんでしょうけれど、最近なんか違うなって。

もちろん、かしこくなりたい、強くなりたい、はやくなりたいと本人が願っているならそれを応援したいと思っていますが、それを「より〇〇だったら幸せになれる」と教えることはしたくないな、と。

ものごとが、できてもできなくても、楽しんだり幸せになる権利があるんだから。

親になったので、やっぱり長所は思いっきり伸ばしてほしい。

でも、ほんとはそんなことできなくても、子どもは私の宝物であり、世界の宝物であるはずなのです。

 

なんとかなるとなんとなく生きてきた

私の周りの若者には二通りいます。

  1. みなぎっている人
  2. なんとなくな人

 

1の人は、目標がある人。つまり、好きなことがあって、それを追求したい人。

2の人は、とりあえず目先のことだけ考えてしまう人。不満があっても行動に移せない人。

どちらも、高学歴だったり、人柄もいい人ばかり。

けれど、2の人はどこかで何かを落としてきてしまったような気がします。

同じようなことを、本人からも聞きました。

 

誰もが生まれた直後から、この世界に興味を持ってきたはずなのに。

不思議だと思ったら、大人がひやひやするものにでも手を伸ばしてきたのに。

そして、お気に入りの何かを手にしたはずなのに。

 

私は、実は大学を卒業するまで2の人でした。

親には本当に申し訳ないですが、親の望む親の期待に応えようと途中からは惰性でがんばってきた結果かなと思います。

(変な日本語ですが、心の内を表現するとこんな感じ)

特に大学時代、周りの人に恵まれたのでそれをいいことになーんとなく流れていたのです。

作家なんてやってると、このことを話すと驚かれますが、好きなことというか、「できること」をしていたにすぎません。

けれど、過去を振り返る機会があり、落としたものに気付いたのです。

 

それが、デビュー作の『星空点呼』を書くきっかけにもなりました。

 

親が受けさせてくれた教育があったからこそ、私は作家になれたと思っているので、決して無駄になったわけではありません。

というか、無駄にしない生き方をすればいいだけなのです。

 

子どもの好きなものを守ることと情報収集の方法を教えること

まだ親になって4年の私が言っても説得力には乏しいのですが、子育ての主導権って子どもにあるんじゃないかと。

  • 善悪を教えること
  • 子どもとよく観察したり話し合うこと

 

何でも自由にってわけじゃないとは思っています。

善悪の基準は、うちはクリスチャンなので聖書に基づいたものになりますが、してはいけないことは「ダメ」だと伝えようと思っています。

そして、子どもは(私もそうでしたが)、好きなことも嫌いなことも些細なことで変わったりします。

「この子は〇〇が好きだから」と思っていても、一週間後は微妙になってたり(笑)

「臨機応変」の4文字、家の壁に書こうかなとか思うくらいです。

 

そして、今の時代、かんたんにインターネットでそれなりの情報が手に入るようになりました。

私が子どもの好きなものを調べても、私もそれがとても好きでないと一番深いところまでは調べられないと思うので、子どもにはネットリテラシーを説明しつつ、情報収集の方法を教えたいなぁ。

何より大事なことは、インターネットだけに頼らず、足で調べたり経験できるように計画すること。

 

と、その前に、かんたんなご飯作ったり洗濯したり、掃除したり、「健康・安全」を自分で得る方法を教えるのも家族の役目かなとも思います。

いつ私が死んでも、なんとかやっていけるように。

 

幸せって何?どうなったら幸せ?

決して、いい学校へ行って、いい会社に就職することを嫌っているとかではありません。

きちんと勉強して、高い知識が得られる学校で学び、高い技術を使った仕事をすることはすばらしいことです。

私の思う「幸せ」の定義は、まだはっきりと出せませんが、その欠かせないことの一つに「感動」があると思うのです。

その点、世界が注目するような場で働いて結果を残せたりなんてしたら、「感動」も大きいはず。

また、スペシャリストと出会う機会が多ければ、その分野の深さを知ることもできるかもしれません。

となると、「感動」するきっかけが増えるような気もします。

こう考えると、知識って、可能性なんだなぁ。

 

 

というわけで、子ども・大人関係なく、幸せのカギは「知識・情報」!

例えば、聖書の知識があれば洋画を見た時にクスっと笑える箇所が増えるように、知識は未来の自分を笑わせてくれるのです。

となると、私が子どもにできること、私なりの英才教育は、健康と安全確保以外に……

私だけの知識、経験、そして、その時感じたことを伝えることなのかもしれないなぁ。

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