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87歳の祖母が亡くなりお見送りしました

お棺に入れる色紙


8月10日(土)、私の祖母が亡くなりました。

87歳でした。

朝、目が覚めると母といとこのAくんから電話が来ていて、母だけなら何も感じることはなかったでしょうが、Aくんからもあったので、「あぁ、これは」と思いました。

祖母は、もう日単位ではなくとも月単位だと聞いていたので、そう遠くない未来だとはわかっていましたが、まさかこのタイミングだとは思っていなかったのでびっくりでした。

それは私だけでなく、娘である母も叔母もそうだったようです。

眠るようにという言葉そのままの亡くなり方

祖母は、施設に入っていて、夜中のスタッフさんによる見回り?には普通に反応していたそうですが、朝7時半に声をかけた時にはすでに亡くなっていたようです。

とりあえず私は同じ大阪に住むいとこのAくん家族の車に乗せてもらい、祖母・実家のある和歌山市へ。

車の中は、Aくんの小さな子ども達3人と、うちの小さな(4歳)坊の楽し気な声で、まるでピクニックに行くような雰囲気(笑)

そして葬儀場へ。

おばあちゃんは、眠っているようでした。

もう、「安らか」という言葉がぴったり。

2年前に亡くなったおじいちゃんの時は、ずっと入院していたこともあり、こんな雰囲気ではなかったので、なんだかこれにもびっくり。

「おばあちゃん、起きて」

とか言ったら起きてきそう。

子ども達はずっとはしゃいでいて、楽しそうな笑い声が響きます。

「おばあちゃん、起きてきそう」

と、いとこのCも言っていました。

子ども達のはしゃぎ声、きっと祖母は喜んでたはず。

苦しまずに亡くなって、ほんとよかった。

葬儀場でおばあちゃんと最期の夜を過ごす

ここの葬儀場は、民家みたいな雰囲気で、お葬式できるところの横にリビングとかお風呂があり、寝泊まりできます。

おじいちゃんの時もそうしたのですが、うちの家族(私、夫、坊)は、そこに泊めてもらうことに。

母や叔母は、手続きやら連絡やらでてんてこまいなので、私達はそうして祖母を見守ることしかできませんでした。

ほんとに、普通のリビング!って感じなので、ソファーがあり、テレビがあり、冷蔵庫があり、横にはコンビニがあるので困りません(笑)

いつもと同じように私達はシャワーをすませ、テレビを見たりしながらのんびりし、ふとんをしいて快適に眠りました。

時々はおばあちゃんの顔を見に隣の部屋へ行き、

「あれ、まだ寝てるわ」

とか思いながらリビングに戻ってくる……感じでした。

朝は、ちょうど日曜日で、私はクリスチャンなのでいつもなら教会へ行きます。

なので、私は一人おばあちゃんの前で賛美を歌い、私なりの供養を。

おばあちゃん、私が歌うのなんて聞いたの、私が幼稚園以来じゃない?

私ね、あの頃とちがって人前でも得意げな顔で歌えるのよ。

(私の幼稚園時代は、常に顔はひんまがり、不機嫌だった(笑))

おばあちゃんがずっと見守ってくれていたおかげで、こんなに成長して、今は子どもまでいる。

おばあちゃんは最後のほう、痴呆症が進んで私のことあんまりわかってなかったけど、私の子どもだけは「嘉成の子や」ってわかってたね(笑)

いろんな思い出がよみがえってきて、もっと話せばよかったなとか思いました。



いとこ達と祖母との思い出を語る

お葬式は悲しいですが、いいこともあります。

それは、久々の親戚が集まって話ができること。

いとこ達と、「おばあちゃんて、こんな人やったね」と話しました。

写真は、おばあちゃんへのメッセージを書いた色紙。

いとこみんなで書いて、最後にお棺に入れました。

それぞれ祖母への想いや思い出は当たり前ですがちがい、それがよくわかる色紙でした。

ひまご5人の名前も書きました。

まだうちの子は自分の名前書けないので私が代筆ですが。

いとこ達とは、祖母が作ってくれたもので盛り上がりました。

まず、食べ物。

おはぎにおにぎり、卵焼き、これはお盆や正月に行くと、すぐに食べられるように用意してくれていたね、とか。

みんなで焼きそばにお好み焼き、焼き肉もよくしたね、とか。

あとは、裁縫なんかのほぼ「プロ」だったので、ピアノの発表会の服作ってもらったね、とか。

人形の服作ってもらったね、とか。

そういえば、歯をちゃんとメンテナンスしていたから、死ぬまで全部自分の歯。

これは、ほんとにすごいこと。

とまぁいろいろと話したわけですが、こうして文字にしている今の方が、いとこ達と話したあの夜よりもずっと、思い出がよみがえってきます。

また、今度改めて書こうかな。

 

おばあちゃんが亡くなってお葬式が終わるまで、祖父の時も思いますがほんとにあっという間。

私は今32歳で、この年まで祖父母が生きていてくれたことに、まずは感謝。

でも、なんかあっけないというか、寂しい。

おじいちゃん・おばあちゃんがいたからこそ私が、そして私の子どもがいるわけなんよね。

戦時中も生き抜き、いろんなことを乗り越えての今なんよね。

うまくいえないけれど、ほんとに87年間を生きるってすごいことだなぁ。

でも、やっぱりなんだか心にぽっかり穴が空いた感じ。

やっと祖父の死を実感してきた頃だったんだけどなぁ。

 

そういえば、この前こんな記事を書きました:

死ぬ前に誰に何を言い残すか考えてみる

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