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児童文学を書くのはかんたんか、児童文学作家になるのはかんたんか

嘉成晴香の本


こんにちは。

児童文学作家の嘉成晴香(かなりはるか)です。

作家は作品で勝負しなければなりません。

何と勝負するか?

そんなの個人個人ちがいます。

私の場合、「理想の自分」と。

「今作は勝てた!」と思った瞬間、「あこがれの自分」がスルリと上へ行くので、今のところ完全に「超えた」ことはないなぁと思っています。

今日は、児童文学作家になって思ったこと・質問いただいたことを書いてみようと思います。

(児童文学)作家もいろいろと発信していいと思う

私はTwitter(@kanariharuka)や、このブログでいろいろと発信しています。

発信というか、流し出すというか。

その最大の理由は、私が作家になりたいなぁと漠然と思った時は、「発信してくれている作家さん」がとても少なかったから。

けれど、時々こういうご意見をいただきます。

  1. 「作家自身を押し出すと、作品に悪影響では?」
  2. 「そんな暇あったら、小説書いたら」

 

いやー、なんか言われると思ってたこと、そのままいただいた感じです。

けれど、私も何も考えないでこうやっているわけではないのです。

 

まず、

に関してですが、芸能人が作家さんになったり、超有名な作家さんの場合だけだと思うのです。

私の作品の初めての読者さんは、おそらく「嘉成晴香」が気になって読むわけじゃないんじゃないかと。

イラストがかわいいとか、タイトルが気になるとか、そんな理由が大きいと思うのです。

「嘉成」の読み方、ペンネームにする時、実はちょっと悩みました。

たいがい、この名前は「かなり」と読まれません。

「きせい」とか「かせい」とか、言われます。

でも、それでもいいかー、と。

私の名前は、私の作品。

それに、そもそも児童文学のメインターゲットは子どもさん。

本はおもしろいか否かで、作者なんて何て名前でもかまわないはず。

もし作者である私に興味持ってくれたのなら、インターネットできっとこのブログやらにたどり着く。

もしブログなどで私を知り、がっかりされたら、それはすみません(笑)

でも、私は私を隠しません。

 

に関しては、ほんまそうですね(笑)

ただ、私は「伝えたいメッセージ」はたくさんあっても、常に作品に書くには修行が足りていません。

頭の中のモヤモヤした霧のようなものをぎゅっと一つに硬くまとめるのは大変で、わりと時間がかかります。

ブログは、「書く」ということの練習

そして、「書く」体力を落とさないための術でもあります。

本当に言いたいことは、作品にこめてるつもり。

 

児童文学は一般小説に劣るなんて思わないで

「普通の小説も書いてみたら?」

「児童文学なら書くのかんたんでしょ」

「一般小説でもいいの書けるんじゃない?」

「子どもが喜ぶようなのちゃちゃっと書いて印税もらえるとか、いいね」

おそらく、児童文学作家になった方が言われて悔しかった言葉のトップクラスに、入る言葉でしょう。

 

そもそも、児童文学作家の定義ですが、私はこういった言葉をいただく度に思うのです。

児童文学作家とは、子どもを決してあなどらず、尊く愛おしい存在と認めている作家。

たしかに、児童文学は、子どもでもわかるやさしい言葉が使われています。

表現も、一般小説よりは一見マイルドかもしれません。

でも、それは作品の受け取り方によって変わります。

そのマイルドさの中に、行と行の間に込められた愛の深さ、匂わせる恐怖、深い孤独。

児童文学とは、「子どもから読める文学」なので、子どもにはわからなくても大人ならわかることも多く含まれているのです。

 

前述したようなことをおっしゃる方は、おそらく子ども時代以来、児童文学を読んだことがないのかもしれません。

書店の、他のコーナーよりは小さい傾向にある「子どもの本」の棚から、新刊を数冊選んでほしい。

そして、読んでほしい。

びびりますよ。

ほんとに、びっくりしますよ。

その理由は、いくつもあるでしょうが、

作者が「読んでくれる読者さんの未来を夢見て、楽しいものであるようにと願いを込めて」書いているからかな、と思います。

読者が大人になった時にもう一度手に取ってもらえる本を、私は作りたい。

 

児童文学を書くのがかんたんなら、誰でも児童文学作家になれる

児童文学を書くのはかんたんだと思われがちなのですが、それなら誰だってなれます。

そうです、なれるのです。

それが商業出版となると難しいだけで。

 

どんな業界でも、一流の人って所作に無駄がないというか、スッとやってのけますよね。

でも、そうなるまでにどれだけの訓練と試練があったか。

文字数が少ない「絵本」なんて、シンプルだからこそ、ほんとに奥が深く、難しいです。

私の場合、読者対象が小学校高学年なので自分の記憶は鮮明ですが、赤ちゃん絵本なんて、自分がその頃のことなんて、覚えていないでしょうし。

実際に、赤ちゃんと触れ合う中で身につけたリズムが大事になるんじゃないかなぁと思います。

または、何度も何度もリテイクを繰り返し、究極のものを仕上げていく、のかな。

いつか、絵本にも挑戦したいな。

(「児童文学作家=絵本作家」ってのも思われがちなことの一つ(笑))

 

短い作品だからって、熱量がかかっていないはずがない。

一見かからないものにかけるのは、並みの精神力ではできません。

 

デビュー6年の私が見てきた児童文学作家の傾向

さて、おそらくこれを読んでくださっている方の中には、児童文学作家を志している方もいらっしゃるでしょう。

どんな人が児童文学作家になれるのか。

それは、私にもわかりません。

けれど、まだデビューして6年ですが、この業界のすごい先生方とたくさんお会いすることができ、その共通点を見つけました。

これがヒントになるかどうかはわかりませんが、書いてみようと思います。

  1. 好奇心が強い
  2. とっても謙虚
  3. 作品への愛は強いけれど、自分だけの作品と思っていない
  4. 拳に黒いものを持ちながらもそれを愛おしく見つめている
  5. 基本的に朗らか

 

どうでしょうか。

 

は、自分の趣味以外のことでも、気になることはすぐ調べる!って感じです。

後回しにはしない。

 

は、とにかく先生方はみんな謙虚

そして、心が大きいのである程度のことは理解できなくても一先ず受け入れている印象

 

は、自分の作品一つ一つを大事にしているけれど、公に出た作品を見るまなざしは、わりとクール。

「わたしだけの作品ですからー!」って感じではない。

社会人になった子どもを見守る親、のよう(笑)

ここが、デビュー前の作家さんとは大きく違う点のような気がする。

だから、すぐ次の作品に気持ちをシフトできるのかな。

 

は、児童文学作家も人間ですから、いろんな過去やトラウマが。

なので、黒い部分ももちろん持っています。

けれど、それを心の奥底に押し込めることはせず、いつも手の中に入れて握っている感じ。

抽象的でほんとすみません。

でも、何人ものすばらしい先生方とお話させていただくうちに、こういう感覚になったのです。

あぁ、この方達は、自分をよく知っている、と。

そして、それがまだ解決していなくとも、その存在を認めているんです。

作品を書くことは、自分と向き合うこと。

おそらく、その場数がそうさせるのかもしれません。

 

は、これはほんとに人によりますが、私のお会いした方はみんな朗らか。

うーん、やわらか、とも言えます。

 

 

2013年の私のデビュー作『星空点呼』!

 

言葉は、それを発する人が想像するよりずっと、「その人となり」を表現してしまいます。

というより、言葉を使えば、よりよい自分、作品を作れると思うのです。

私はまだまだ謙虚さ、そしてやわらかさが足りないので、今後の課題にしまーす。

何かご質問等ありましたら、いつでもご連絡くださいね(^^♪

このブログは、そのためにもあるのです。

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