最新作『 HIMAWARI 』発売中!

苦手な人・同僚とうまくやっていく方法・考え方

アガパンサス


こんにちは。

児童文学作家の嘉成晴香です。

私は大学に入るまで、いろいろと人間関係に悩んできました。

けれど、環境と考え方の変化のおかげで、今は随分と平和です。

 

人間は一人一人ちがいます。

なので、「相性」というものがどうしても生じてしまいますよね。

友達だったら、離れればいい。

けれど、同じクラスだったり職場だったりすると、そう気楽なもんじゃありません。

今日はそんな「苦手な」誰かと、どうやって折り合いをつけるか、考えてみたいと思います。

(ここでの「苦手」は、決してセクハラやモラハラやパワハラなどの「ハラスメント」まではいかないものとします。)

自分がどんな人が苦手か考えてみる

これまでの人生で、どんな人が苦手だったかは、人によってちがいます。

そして、人数も、1人だったり2人だったり、たくさんいたり。

複数いる場合、だいたいはその「苦手な人達」に同じ共通点があるように思います。

私の場合は……

「私のことが嫌い・苦手な人」が苦手です(笑)

 

はるか

この人、なんか苦手……

という、「なんか苦手」はけっこうあることかと思いますが、あえて何がどう苦手か言語化しておくと、冷静になれます。

つまり、苦手な人と問題が起こった時、感情的にならなくてすむというか。

もし精神的に余裕があるならば、時にはその「苦手」を見ないようにできたりもします。

「苦手な人」と「自分」のちがい

「ちがうから嫌」という時と、「同族嫌悪」という場合があると思いますが、あなたの「苦手な人」はどちらでしょう。

私は、微妙なところです。

「苦手な人」と「自分」のちがいを見つけるって、あんまりしないかもしれませんが、私はするべきだと思います。

なぜなら、きちんと向き合うことになるから。

ま、苦手な人のことなんてあんまり考えたくはないでしょうが、「〇〇さん」ということでなく、「〇〇と〇〇という特性を持った存在」ということにすると、コンピューターのAI的な感じになっていいです(笑)

もちろん、いっしょにいて辛い人とは離れるべきだと思いますが、同じクラスや職場だとそうはいきませんよね。

人間関係のせいで、他の人との関係やうまくいかなかったり、勉強や仕事に支障がきたり、大好きなことがつづけられなくなるなんて悲しいことは、できるだけ避けたい。

なので、やはり一度は、向き合うべきだと思うんです。

はるか

向き合い方はいろいろあるとは思いますが……

おすすめはコレ。

  1. 苦手な人の許せないところを紙に書く
  2. 苦手な人と接した時の自分の反応(行動)を紙に書く
  3. できれば、その人の似顔絵を描く

 

最後の3、思い出せたらでいいんですが、これすると、次に会う時に楽です(笑)

失礼な話ですが、描きながら笑ってしまうのでなんかスッキリもします。

かくこと、ほんとに大事です。

頭が整理されるというか。だまされたと思って、スマホでなくペンをもってやってみて。

あと、これらは、まだ「苦手」がましな時しか通用しません。

そして、これらさえもできない状態なら、おそらく何かしらのハラスメントなどの犯罪が関わっていると思うので、その際は専門機関に相談してくださいね。



もし「苦手な人」に好かれたら自分はどうなるか考える

「好きじゃない人に好かれても迷惑なだけ」と思われるかもしれません。

でも、私は好かれるって悪くないことだと思うんです。

はるか

ストーカーとか粘着質になったら話は別ですよ

もし、あなたの「苦手な人」が自分に好意的だったら、好意的になったらどうするか。

苦手な人じゃなくなりますか?

もっと苦手になりますか?

 

私は、実は変な……というあまり人に理解されないクセがあります。

それは、「苦手な人を克服する」のに喜びを感じるのです(笑)

つまり、「苦手」と思ってしまった人と仲良くできるように頑張るのが好きなのです。

実を言うと、今では私の親友は最初苦手でしたし、同じ職場の同僚の何人かも、最初勝手に苦手意識をもってしまっていました。

でも、今ではすばらしい友人・同僚です。

最初「苦手」だったからこそ、しっかり向き合えたのかも、と思っています。

「合わないことはない」存在だったら、深く考える機会はないので近しい関係にはなりにくいのです。

 

私はこんな感じで「苦手な人」を克服しています。

  1. 私が「苦手」だと思う。(だいたいは相手も私がちょっとは苦手)
  2. どうして「苦手」か考える。それを紙に書く。
  3. どうやったら「苦手な人」に気の利いた態度がとれるかトライ&エラーを繰り返す
  4. 「苦手な人」が自分に好意的な反応してくれるようになってくる
  5. 少しずつ、「苦手な人」に、嫌なところなどの本音を会話に混ぜていく
  6. 「苦手な人」の本音も見えてくる。この頃、「苦手な人」の美点も見えてくる。
  7. 「苦手な人」が「苦手じゃない人」に変わり始める。

 

何がいいってね、苦手な人を克服できることじゃないんです。

自分の人間的成長を実感できるというか、そんな感じ。

周りからの評価も、いい意味で変わります。

仕事は大変でもすてきな同僚がいれば乗り切れる

お金をもらって仕事をするということは、ほんとに大変。

けれど、いっしょにがんばれる仲間がいると心強いですよね。

そして、どんな仕事も周りに恵まれるとなんとかなるもの。

はるか

「相性」はあるので、みんなに好かれたりすることはできなくとも、互いに認め合える関係だといいですね。

私の職場で、すてきだなぁと思う上司・同僚は、こんな方々

  • 決めつけない
  • 思いやりがあり、それを行動にうつせる
  • 人の悪口は言わない
  • 大変な時は「大変だ」と言って助けを求める
  • 褒め上手

こういう方って、職場に何人かだけでもいると、ほんと雰囲気ちがうんですよね。

みんなもそれにつづこう!って感じになって。

私はまず、好かれなくとも「苦手」だと思われないように気を付けなければ……

 



どうしても苦手意識から離れられない時の考え方

さて、でも、「苦手」が極まってしまってもう戻れそうにない時、どうするか。

そんな時は……

「苦手な人」の赤ちゃんだった時を想像する

どんな人も、当たり前なんですが「昔は赤ちゃん」でした。

赤ちゃん、何の善悪も知りません。

はるか

ただ生まれ持った性格のままの姿。

「苦手な人」も、そんな赤ちゃんだったはず。

かわいい、赤ちゃんだったはず。

「そんなこと言われても想像もつかんわ」

とかなりそうですが、それはそれでいいのです。

大事なのは、「想像を試みる」ことだと思うのです。

私の場合、聞けそうならその人に、「どんな子どもだったか」をそれとなく聞いてみたりします。

こういうことって、あんまり聞かれることないですよね。

人は、人とちがう角度から自分に興味をもってくれる人には興味がわくものだと思うので、これはただ単に「どんな子どもだったか」という内容を知るためではなく、自分をいい意味で意識してもらうチャンスにもなります。

(あ、私に「子どもの頃どんなだった?」と聞かれたからって、私があなたのことを苦手とは限りませんよ(笑))

「苦手な人」のこれまで、そうなってしまった経緯を想像する

みんな、最初は「赤ちゃん」だった話はしましたが、じゃあ、どのようにして成長したか。

それも想像すると、苦手意識がましになることがあります。

いきなり大きくなったわけはないのですから、その人はその人の歴史があります。

はるか

正しいかは関係なく、一度「想像」してみたください。

どんな人でも神様ではないんですから、立ったままじゃ髪の毛1本さえもどうこうできるわけじゃない、ただの「人間」ということも。

「苦手な人」を「苦手」だと思い過ぎることでもっと苦手になっていることもあることは、意外と多い気がします。

「苦手な人」とうまくやっている人を観察する

これ、けっこう大事なことです。

「あの人とはうまくやってるんだ」

とか、周りの人間関係がわかれば、大きく傷付くことを回避できるかもしれません。

人を「苦手だ」と思うと、たいてい視野がちょっと狭くなるので、そんな時こそ広く見渡せるといいですね。



苦手な人は越えなくてもいいけれど超えると楽しいハードル

苦手な人は、やっぱり苦手。

どんなに歩み寄ろうとしても、難しい時もあります。

そんな時は、無理しなくていいと思います。

大事なのは、自分の人生の物語の主人公である自分が、健やかであること。

 

でもね、苦手な人が減ると人生はおもしろいです。

はるか

楽しいかは別として(笑)

気の合う人、いっしょにいて楽な人とばかり付き合っていると、思いがけない喜びやチャンスはあまり来ません。

心が平安であることはとても大事なことですが、自分にとって「未知」なところから、いつだってワクワクするようなことはやってきます。

なので、私は「苦手な人はラスボスでなく回避可能なハードル」と思っています。

もしハードルを越えられたら、結果的にハードルを倒してしまったとしても、その飛び跳ねた高さの分、新しい景色が見えるはず。

高さって、すごいんですよ。

ハイヒールをはいたことがある方はわかると思いますが、5センチちがうだけで、けっこう見えるもの変わります。

自分が「自分の苦手な人」になっていないか日々確認していくこと

こうして「苦手な人」がほとんどいない私ですが、何より怖いのは、自分です。

自分が自分を邪魔していないか。

自分が「苦手」だと思う人が「自分」になっていないか。

自分とはどんな人か。

どうなりたいか。

自分を変えることは一筋縄ではいかないことですが、それでも、私は変わりたい。

変わっていきたいな。

 

写真は、梅雨明けに撮った職場近くのアガパンサス。

花言葉は、「知的な装い」。

 

こんなのも書きました:

どうでもいいことを話せる間柄は尊い

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です