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祖父が亡くなったのでお葬式へ行ってきました

祖父がなくなりました。

父方の祖父で、93歳でした。

お正月に、病院へお見舞いに行けて、本当によかったな。

下の子はそれが初めての対面でした。

私も会うのは10年ぐらいぶりでした。

今日はこうして、今、この気持ちを残しておこうと思います。

お葬式は、和歌山市で行われ、家族葬となりました。

おじいちゃんは無宗教なので、この度のお葬式は自由葬となり、お葬式では参列者それぞれがおじいちゃんにお別れの言葉を順にかけていく、といった形になりました。

つまり、お坊さんは呼びませんでした。

ということで、数珠もいらないし、お祈りの仕方も手を合わせてもいいし、私のようなクリスチャンの場合は手を組んでもいい。

みんな、思い思いの形でおじいちゃんを見送ることができました。

おじいちゃんに、それぞれ声をかけるんですが、おじいちゃんとの思い出を参列するみんなで共有することができ、「そんなことがあったのか」や、「そういうご関係だったのね」と、会場が一つになった感じで、とってもいい雰囲気でした。

声をかけるのも、一言の方もいらっしゃれば、5分くらい話す方もいました。

話がおじいちゃんのことなので、ひまごである私の子ども達も、じっと耳を傾けていました。

残された90歳の祖母が、ほんとうに寂しそうで、心が痛みました。

70年以上も連れ添った伴侶を亡くすというのは、どういった感じなんだろう。

まだ結婚して15年の私には、想像もつきません。

でも、もしいつか、私が夫を見送ることになるとすると、耐えきれない気がしました。

できれば、夫より早く他界したい……。

お葬式では、祖父母の姪っ子さんをはじめ、親戚のみなさんに会いました。

話には聞いていたけど初めましての方もいました。

私の姉の子ども達も参列したので、うちの子達は楽しそうにしてました。

下の子はまだ4歳で、最初で最後に会った時は病室で手をふってくれたのに、今回はふってくれなかったと、まだわかっていないようでした。

お葬式でのお声がけは、上の子も下の子も、もちろん夫も、一言ずつにはなりましたが、しました。

私はお葬式で何をどう話していいかわからなくなりそうだったので、メッセージは手紙に書きました。

その手紙の内容を、ここに残しておきたいと思います。

当日は、この手紙を見ながら、もう少し言い回しをかえつつ、思い出を加えつつ、話しました。

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おじいちゃん

晴香です。
本当に長い間、ありがとうございました。
私が子どものとき、一人でおじいちゃんちに遊びに行かせてもらったのが、懐かしいです。その時に作ってくれたオムライスの味を今も覚えています。
あの時は量が多くて、半分しか食べられなかったね。実は、オムライスは智樹お父さんも上手なんですよ。知ってましたか。私には、あのおじいちゃんか作ってくれた大きなオムライスをペロリと食べてしまうような息子達がいます。男の子ってほんとによく食べますね。
大人になってみて、おじいちゃんから智樹お父さんに、そして私に引き継がれてると思うものがあります。それは、自分の大切なことに向き合う姿勢です。最後に言ってくれたように、無理しすぎないで頑張るね。おじいちゃんは、ゆっくり休んでください。
おじいちゃん、ありがとう。

晴香

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お葬式の後、本当に久々に祖母とも話しました。

長寿の秘訣は、やはり外に出ることだそうです。

車を返したり、趣味が減ってしまったりすると病院くらいしか出かけることがなくなって、人と会うのも、家に呼んでもおもてなししにくいしで会わなくなってくる、と。

おじいちゃんは、10年ぐらいからこれでがっくりきたと言っていました。

なるほど。

私はおじいちゃんほど長生きできなさそうだけど、これを心にとめて、できるだけ出かけようと思いました。

なんだかいろいろなことを考える、お葬式でした。

おじいちゃん、本当にありがとう。

私はいい孫じゃなかったけど、おじいちゃんは私のこと大切に思ってくれてたんだなと、お葬式で他の親戚の方々をとおして知りました。

もっと、たくさん話せばよかったなぁ。

不謹慎な話だとは思いますが、うちの祖父は、今流行の?異世界転生しそうな人なんですよね。

というか、していてほしい。

そして、趣味の写真をたくさん撮ってほしい。

その異世界にカメラがあるかはわかんないけど、さ。

 

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