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意地悪母さんになる理由とならない方法を考えてみる


こんにちは。

この前、ふと考えました。

はるか

「意地悪ばあさん」って、昔も「意地悪かあさんorおばさん」だったんじゃないか

って。

年をとってから、何かしらのきっかけで意地悪になることもあるかもしれませんが、

おそらく徐々になっていくもんじゃないかと考えたわけです。

私の夢は、マルチで元気でかわいいおばあさん。

これだって、おばあさんになってから目指すのは、なかなかの遠回りになるかな、と。

今から「マルチで元気でおもしろいお母さん」になっていれば、おばあさんになっても安泰っちゅうことです。

そもそも、どうしてこんなことに思いめぐらすことになったかというと、

最近の私は、どうやら「意地悪母さん」だからです。

いや、どうやら、じゃなく、まさしく、かもしれません。

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意地悪母さんになりたくない!子どもにきつくあたってしまい夜な夜な反省する日々

長男が小学生になってから、自分でも気づくほど、私の口調はあらくなってます。

今までは、これまでの人生では使ったこともない、何なら思ったこともない「命令口調」が時々飛び出してしまったり、

宿題やら何やらで、うちの子がイライラする度に私は「そんなにイライラするな」と言いつつ、

私がイライラしていたり。

何しろ毎日のことなので、「今日だけいいや」を繰り返せば良い結果には結びつかないこと、わかっているのでよけいにイライラ。

そして、勝手に疲れてる私。

小1になり、たしかに手は離れたけれど、手が離れなかった時の方がやりやすかったな、とか親都合で考えてしまう始末。

つい何度も重なると、流行り?の言葉で言うなら子どもを「論破」してしまう。

はるか

なにやってんだ、私

下の子(1歳)の世話や自分の仕事や家事を必死にやってる時だと、むやみに強い口調が出てしまうのよね。

いくら正しくても、ものには言い方ってものがある。

毎夜、寝顔を見ては「今日もやってもたー」と反省する日々です。

意地悪というか子どもに厳しくしすぎる自分が嫌だ・理由を考えてみる

子どもを産む前、すてきな母親になりたかったんです。

だから、何か誇れるものをと思って、努力して夢だった日本語教師と児童文学作家になりました。

ラッキーでした。

でもね、子育てにはそんなものいらなかった。

ないよりはあってよかったかなとは思うけど、日々の自分との葛藤って、きっと物心ついた時から修行が始まっているのよね。

最初は誰もが悪意なんてなくて、でも周りの環境や生まれ持ったものなんかで少しずつ変わってく。

まっすぐであってもしんどいし、曲がっててしんどいし、しなっててもそれなりにやっぱり辛い。

子どもと自分を客観的に見られたら、まだやさしくなれるのかもしれないけど、

それはそれで、愛情ってちゃんと当事者意識がないと生まれないと私は思うのですよ。

何か問題があっても「そうなのね(ニッコリ)」とか達観してるのって、やっぱりちがうと思う。

あ、なんかこうやって結局自分を肯定してしまってる自分がやだな。

 

とりあえず、今の「意地悪母さん」になってしまう理由を考えてみる。

  • 貧血で毎日、けっこう辛い
  • 下の子が夜泣きで寝不足
  • 下の子の保育園が決まらないから仕事や家事が思うようにいかない
  • 夫の帰りが遅くてそれまでいつもワンオペ(帰宅後は家事、めっちゃやってくれますが)

主な理由は、こんなもん、かな?

つまり!

はるか

私には余裕が足りない!!!!!!!

そして、

はるか

体が元気じゃない!!!!

というわけで結論は……

下の子が保育園に入れれば、ましになる?

ってことに。

でも、それは一時しのぎにしかならないな。

下の子が小学生になったら、また繰り返すかも……

ということで、それまでに「大人の余裕」を持てるようにならなければなりません。

もうね、たぶん、何も私はしゃべらない方がいいんじゃないかと。

これね、投げやりで言ってるんじゃなく、ほんまにこれが一番かなぁとかも思う。

子どもにもいつも言ってるはずの「正しいことは控えめに言った方がいい」を自分ができてない

私は職業上ってのもあって、人の気持ちを分析するのが好き。

例えば、子どもが宿題(漢字ドリル)で、漢字を書けなかった時、

「難しい」と言って怒り始めました。

私はすかさず、

はるか

難しい、じゃなくて、覚えてないだけでしょ。前のページに載ってるから、わからないなら見ていいよ

と言ってしまいました。

でも、子どもはずっとぐずったまま。そしてまた、「難しい」の一言。

私はというと、

はるか

難しい、じゃなくて、覚えてない自分が嫌ってことでしょ。それに、答えを前のページ見て探すのが面倒くさいってだけでしょ

おそらく子どもは、近くにいる私に、瞬時に答えを(やさしく)教えてもらいたかったのかと。

でも、私は手が離せなかったのもあり、自分で調べないと覚えないので、やすやすと答えを言うわけにもいかないということで、こんな返答に。

でも、これってやっぱり、よくなかったな、と。

たぶん、私が言及したことはまちがってないけれど、人の気持ちをかんたんに暴くのは品がない。

はるか

お友達に「それはちがうよ」とか正しいことを言う時は、やさしくね

とかいつも言って聞かせてるわりに、これですよ。

もうね、いつか突っ込まれる日がくると思うのよね。

子どもが平気でぐずったり怒ったりするのって、親の前で安心してるからでしょ。

「怒ったら家から追い出される」とか思ってから、絶対しないもんね。

なのに、そこを受け止められない心の乏しい私よ……。

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自分より弱い立場にいる存在に強く出てしまう自分に嫌悪感・寝顔を見ては反省するけれど

たぶん、上記のことを友達や知人に話したら、「えっ、ほんまに?」って感じかと思う。

つまり、そんなことをするような人間には見えない、という感じ。

それもそのはず、私はほぼ人前でイライラしない。

ここ何十年も。

そんな私が、子どもの前ではしてしまう。

いわゆる「かわいさあまって憎さなんちゃら」ってのもあるかもしれない。

でも、結局は、自分より弱い立場だからこうなってしまったんじゃないかな、と。

他人の子どもには、強く出ることないしなぁ。

だからこそ、こんな自分が嫌だなぁ。

寝顔を見ては、やっぱり昨日も「あああー」ってなった。

子どもの機嫌をとることはしたくない・でも親として自分をもっと律しなければならない

その気になれば、子どもの機嫌をとることはかんたん。

やれと言われれば、一日中笑顔でいさせてあげることはできると思ってる。

でも、家族だし、むやみに機嫌をとることって、しなくてもいいと考えます。

子どもが私の機嫌をとってきたら、もう末期だと思うので、そこはちゃんと見とかなきゃなぁ。

私だって我慢してるけど、子どもも(小さい兄弟いるし)我慢してること、多いと思う。

でも家族ってみんないつでもそろってハッピーなんてこと、そうそうないんじゃないかな。

だからこそ、何かあった時に助け合えるわけで。

何にしろ、いい思い出になるように、変に心に残りすぎてしまう強い言葉だけは避けていきたいところ。

そして、言い過ぎた時には素直に謝りたい。

大事な時には寄り添っていきたい。

 

私は親として、口調ばかりが強くなっていってるけど、強くすべきはそこでなく、心。

もっと毅然とした態度でいなければ、とも思う。

ということで、自分を律するために、ルールを決める。

  • 毎日一回は必ず、子どもに「大好きだよ」と言う
  • 毎日一回は必ず、笑顔を見せる
  • 毎日、一つは子どもの話を集中して聞く
  • 毎日、何か一つは普段しないことをする(リフレッシュのため)

とりあえず、こんな感じかな。

「普段しないこと」ってのは、洗濯ものの干し方を少し変えてみるとか(例が悪いけど)、

そういった小さいことでいいかな、と思う。

心の余裕は、待って作るものじゃなく、自分で編みだすものだよね。

 

心に余裕のないお母さんが出てくる拙著はこちら:

トップの写真は、最近行った奈良公園の小鹿さん。

ただっぴろいところに行くのって、いいね

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